提示部 |
通常、ソナタ形式の提示部は2つの主題の提示が行われます。この曲の場合、1小節目から14小節目までが第一主題と思われます。そして、第一主題は神秘和音によるどんよりとはっきりしない旋律と「官能的な旋律」(監修者の平井丈二郎氏の解説による)の二つの部分からなっていると思います。「官能的」というのがまたよく分からないんですが…。そして第二主題はなだらかな順次進行を基本としたもので、39-46小節目に現れます。この第二主題がこの楽曲の中できわめて重要なもので、ここに現れるモティーフがいろいろな形に姿を変えて表れます。では中に入って見ましょう。モティーフに関しては最後にまとめて表にしていますので、参考にしてください。見づらくて申し訳ありません。
第一主題(1-14小節)
曲は神秘和音(内声で装飾音による下方転位及び上方転位が行われる)から始まり、3小節目に長9度跳躍を含む印象的なモティーフa(休符を含む6連符)が現れます。また神秘和音は半音階的下行形の動きも伴います。この半音階的動きが微妙に、なんとも言えない雰囲気をかもし出しているんですね。(←主観バリバリ)
9,10小節目で跳躍のモティーフaを繰り返した(2回目は短3度上)後、なだらかな山形のモティーフb1と半音階的下行形の谷形のモティーフb2、そして左手の終着音にトリルを伴うアルペジオ風神秘和音のモティーフb3で第一主題の提示を終えます。b1,b2、b3は後に別々に出てくることがあるので、分けました。
b2の下行形はソナタ9番の冒頭の半音階を思い起こしますね。b1のなだらかな山型のモティーフは全音、半音の組み合わせからなっており、これはなんとメシアンの移調の限られた旋法2番と同じ構成になっているんですよ。メシアンのMTL(移調の限られた旋法)2の場合、半音から始まる所、スクリャビンは全音から始まっているというところが違いますけど、同じものでしょう。何か「なだらかな」とか「官能的な」とかそういう曖昧なもの以外に何か音型的な特徴はないものかと思っていたんですけど、メシアンと結びついたのは、かなりびっくりしました。僕的には感動ものの大発見です。というわけで、これが第一主題です。
第一主題の確保(15-30小節)
この第一主題の提示に続き、ほぼ同じ形で第一主題の確保がされます。ぶっちゃけて言えば、第一主題をもう一回演奏して印象付けちゃおうっていうものだと思います。この確保では、神秘和音による不思議な微妙な動きを再現し、そんな中でモティーフaが4回繰り返されます。主題の中(9,10小節)で見られる短3度上で繰り返されるモティーフaですが、確保では更にもう一度短三度上げられたモティーフaが奏され、更にもう短3度上げられます(26小節目)。その後神秘和音的な音のつなぎ及び、半音階的下行によりモティーフb1につながれます。主題提示では3連符として書かれていましたが、ここでは9/8拍子として書かれています。ちなみに左手の伴奏部分はb1の左手部分がばらされた分散和音の形で現れています。そしてそれぞれの分散和音の初めの音は、何かモティーフのような動きを見せていますが、どう捉えていいのかよく分かりません。
推移(31-38小節)
ここからは第二主題へ移行する推移部分として捉えることができます。この推移はモティーフb1およびb2から構成されています。先に現れた主題確保から減3度下の調で現れ、確保から流れを引き継いで、左手は分散和音の形を受け継ぎ、減3度下がったままモティーフb2に移ります。35小節目からモティーフb2のみが更に増一度下の調で繰り返されます。この後はブリッジ部として捉えられますが、トリルを伴うアルベジオ風神秘和音のモティーフb3が2回現れ、第二主題へと移行します。
第二主題(39-46小節)
第二主題はシンコペーションを含んだ順次進行が主体のなだらかな主題です。第一主題が基本的に神秘和音やモティーフaのように緊張した旋律であったのに対し、第二主題は対照的なものです。なだらかな山型の音型の旋律で、音域の幅もきわめて狭く、この旋律の最低音から最高音までわずか長6度。その音程間を基本的に順次進行で歌います。
第二主題は7小節の旋律ですが、後に第二主題の前半部分の上行型が様々な形に姿を変えて現れ、このソナタ全体を通して最も重要な音型なので、上行形と下行形をそれぞれモティーフc1、c2と分けました。そして、モティーフc1が現れる時に、左手で跳躍下行の音型が見られます。この音型をモティーフd1としましょう。更に第二主題の最後の部分、半ばつなぎ的な下行音型がありますが、これもいろいろな所に顔を出してきますので、モティーフと捉え、モティーフd2とします。
第二主題は穏やかで、緊張が和らいだ感がありますが、旋律の下で、合いの手のような形でしっかり増4度、減5度、減7度といった増減音程を含む神秘和音(音は少ないですけど)がどこか暗く響く鐘のように聞こえてきます。
第二主題の確保(46-52小節)
さて、第一主題と同じく第二主題でも主題の確保が行われます。しかし正式に言うと「確保的」と言った方がいいかもしれません。c1、c2の二つの要素からなる第二主題ですけれども、ここでは前半部分に当たるc1しか現れません。このc1は、ここでは2回現れ、一回目は長2度上で、そして2回目はそこから更に増4度上で現れます。このc1の裏で、モティーフd1も現れますが、一回目は同じリズムで、しかし2回目は更に増4度を加えた4連符の神秘和音のような形で現れます。ちなみに一回目のc1の下で響く神秘和音はこのd1に増4度を加えた物になっています。
ブリッジ(53-54小節)
ブリッジはつなぎの部分と解釈します。このブリッジ1では第一主題のトリルを伴うアルペジオ風神秘和音のモティーフb3と8分音符に縮小されたモティーフd2の掛け合いです。この掛け合いが2回繰り返されます。
確保的推移1(55-65小節)
モティーフb3、d2の掛け合いの後、c1が元の形で現れます。この際、左手のモティーフd1は8分音符に縮小され、しかも増4度を加えた形で現れます。そして、c1のシンコペーション部分においては、増5度の跳躍下行音型のモティーフd3がはじめて現れます。これからc1の原型が現れるときは、基本的にこの跳躍モティーフd3を伴います。
c1が元の形で現れるのですが、頂点の音がありません。体言止め?何か言いかけて、もう一度言い直すような感じですが、8分休符を置いて、今度はc1の部分が8分音符に縮小されたような形(5/8拍子)になっていますが、第二主題が完全に現れます。そういう意味では、この部分を第二主題の確保と言った方がいいかもしれませんが。そして、モティーフc2の下で現れるd1は8分音符化されており、d1はas音がオクターブ上から入る拡大されたd1になっています。(←大げさ)この少し変形された第二主題の後、8分音符に縮小されたd2とd1が交互に現れます。つなぎ的な用法でしょう。きっと。
確保的推移2(66-81小節)
66小節目から体言止め、そしてc1の言い直し的な確保的推移1(ただしc1だけで第二主題の後半部分の下行モティーフc2はありません)が2回繰り返されます。一回目は長2度上で再現され、2回目は増4度上で現れます。そして2回目はこのc1が対位法的な処理が施され、高音と低音でカノンの方に現れます。そして、80小節で半分に縮小され、81小節目で更に32分音符に縮小されます。この32分音符の縮小形が次の展開へとつながっていきます。ちなみにこの「体言止め及び言い直しのフレーズ」は展開部でもよく出てきますので、結構重要なんじゃないかなと踏んでいます。
第二主題(c1)による展開1(82-91小節)
確保的推移2の最後に現れた32分音符に凝縮されたc1がこの展開1のカギです。64分音符の5連符に更に凝縮され、増4度(減5度)で3回上昇し、4回目の上昇の前に装飾音化されたc1を経て、32分音符で頂点に向かいます。この装飾音の凝縮形の時、左手は同じ音型が和音の装飾音の形で現れるのも特徴的です。その急速な上行形の行き着く先は神秘和音的を響かせ、その中をc1の頭の音を省略した縮小形が2回現れます。ちなみに2回目は短3度上で、同じく短3度上げられた神秘和音の中で聞こえます(85-86小節)。
そして、もう一度64部音符の5連符による急速な上行と(同じように増4度(減5度)間隔で)神秘和音の中で動く頭の音が省略されたc1が短3度下で現れます。しかし、頭が省略されたc1は一度だけで、その代わり、短3度で動く短7度、増4度の和音による新しいモティーフeが静かに響いて、次の展開へ移行します。(ただし、このモティーフeはこのソナタの最後の部分(コーダと言うことにします、ここでは)まで登場しません。)
第二主題(c1)による展開2(92-101小節)
さて、展開2ですが、展開1で32分音符や64分音符の5連符に凝縮されたc1ですが、展開2ではもっと凝縮されます。c1の頭の半音が省かれたものが和音として動き回ります。その際、譜面にはアルペジオ記号がつけられています。その和音の最高音が旋律になっています。和音は短3度ずつ上昇する4小節一組になっており、この4小節がオクターブ上げられて繰り返されます。その際、左手の低音部に同じくc1の頭の半音の動きを除いたもの、つまり、凝縮された和音と同じ音構造が16分3連符で旋律に合わせて上昇していきます。そして、この2回の繰り返しの後、4小節構造の2小節目の動きのみで、さらに短3度上昇を2回繰り返し、一気にソナタの提示部の終結部コデッタに突入します。(あまり覚えていませんが、ソナタ形式の提示部の終わりの部分をコデッタ(小さいコーダってことなんですかね?)というそうです。学生時代教わったのですが、はっきり覚えていないんです。先生ごめんなさい。用語だけ覚えていて、過去のベートーベンの分析ノートには、提示部の最後の分析をやはりコデッタと書いてあって、曲全体の最後の部分をコーダと使い分けていたようなので、ここでもそうします。)
コデッタ(102-123小節)
c1の凝縮和音の展開2を受けて、急速な装飾音と装飾和音によるc1及び、c1によるモティーフb3のトリルのようなパッセージでコデッタは始まります。今までの部分は和音をがっちりつかんで、豪快に演奏する部分がほとんどなかったので、曲調が一気に派手になります。c1の構成音による和音で、モティーフb1の3音、つまりメシアンが移調の限られた旋法2番と称したモティーフが鳴り響きます。曲調もスクリャビン風というよりメシアン風な感じですが(←よく分かりませんが、なんとなく)、この和音旋律が2回繰り返されます。2回目の後はそのまま引き続き、移調の限られた旋法2番の半音、全音の動きで、ちょうどMTL2番を1セット(オクターブ)上昇します。この高鳴りの中、神秘和音が鐘のように鳴り響き、これを2回繰り返し、更にMTL2の全音の動きの爆発的なエネルギーで提示部を終結します。